2010年12月11日(土)
南総の渋ーい温泉

目的地 岩婦温泉
ルート 国道357号 → 国道16号 → 国道127号 → 県道258号 → 「岩婦温泉」
県道258号 → 国道127号 → 国道16号 → 館山自動車道 → 京葉道路 → 国道14号
走行距離 273km

前回に引き続き、また千葉県だ。
へたれでビビリな俺としてはこの時期は凍結が怖くて、千葉や伊豆の海沿いしかツーリングの選択肢がないのだ。今回の目的地は、南総里見八犬伝ゆかりの富山から程近い岩婦温泉だ。南房総の岩井海岸から内陸に少し入ったあたり、岩婦湖のほとりにある渋ーい温泉宿「岩婦館」で日帰り入浴するのだ。


4時起床、5時10分出発。中川の土手道を南下し、国道357号線に入った。12月の土曜日なので道が混雑しているだろうと予想したがそれほどでもなく、懸念された寒さもたいしたことはなく、うっすらと明けてきた空の下、冬の装備で快適に走行して千葉方面に向かった。

幕張のあたりで国道357号は国道14号と合流し、交通量が増えて信号待ちで詰まるようになってきた。通勤と思われるスクーターがガンガンすり抜け走行をしていて、その多さとスピードたるや、さながら障害物競走の様相を呈している。俺は車の列にならんで、安全運転で進んだ。ピンクナンバーのスクーターが、突然俺の目の前に割り込んで来て「おあぁぁーーーっ!!!」となったりしたが(すごい危なかった)、曽我のあたりまで来ると車が減ってきて、再び順調に進めるようになった。

国道16号の工業地帯を進み、袖ヶ浦市のコンビニでトイレ休憩。シャケのおにぎりと缶コーヒーを買って朝食にした。コンビニを出て、引き続き国道127号を南下。今日は予報通りの好天で、太陽が出てから徐々に気温が上がって来たようだ。

ああ、気持ちいい冬晴れだ。大辞林によれば、冬晴れとは「穏やかに晴れた冬の日。冬びより。」とあるが、正に今日はそんな感じだ。
木更津、富津を通過して鋸南町に入り、今や道の右側には内房の海が見えている。空気が澄んでいるようで、海の向こうの三浦半島の景色が、やけに鮮明にきらきらしている。
俺は一定にアクセルを明け、快適な速度で進んだ。先週タイヤを交換してから、明らかに乗り心地が良くなっているようだ。

鋸南町から南房総市に入り、やがて県道258号の交差点に差し掛かった。これを左折すれば目的地の岩婦温泉方面だが、俺は右折して岩井海岸に向かった。時刻は8時。インターネットの事前調査によれば、岩婦館の営業時間は9時からなので、まだ時間が早いからだ。

民宿や旅館が立ち並ぶ細い道を抜けると、すぐに岩井海岸に出た。俺は海岸沿いの小道にバイクを停め、エンジンを切ってサイドスタンドを出した。バイクを傾けて車重をサイドスタンドに預け、グローブをとり、ヘルメットを脱いだ。バイクのシートから地面に降り立ち、そして大きな伸びをひとつした。俺は磯の香りと砂浜に打ち寄せる波音に包まれ、幸せな気分になったのだった。

海岸に下りる為の、石段に座ってしばし休憩。対岸の三浦半島や、きらきらと輝く無数の三角波、それらのものをしばらく眺めてから立ち上がった。バイクの荷台にネットで括り付けたウエストバッグからビデオカメラを取り出して、ハンドルにマウントした雲台に装着した。俺はビデオカメラを海の方に向け、ゆっくり撮影しながらバイクを走らせた。数百メートル進むと海岸沿いの小道が途切れ、俺はバイクを停めてビデオカメラのスィッチをオフにした。さ、頃合の時間だ。そろそろ温泉に向かおう。俺はビデオカメラを荷台のバッグに仕舞うべく、バイクから降りて・・・あれ、ない・・・ウェストバッグが・・・(相変わらずばかだ)

荷台にある筈のウェストバッグはなく、6個あるネットのフックの内、4個までが外れたままになっている様子を、俺はいささか唖然とした心持で眺めた。俺はハッと我に返って急いでバイクにまたがり、Uターンして海岸沿いの小道を戻った。恐らく、ネットのフックを掛け忘れたまま走りだして、ウェストバッグを途中で落としてしまったに違いない。俺は注意深く道をチェックしながら戻った。しかし、ない。結局、先程バイクを停めた場所まで戻っても、ウェストバッグは落ちていなかった。俺は落ち着いて考えた。バッグに何が入っていたかを。大したものは入っていなかったはずだ。
そもそも、一番大切なものは、ハンドルにマウントした雲台に装着してある。これはラッキーだった。あとは、ビデオカメラ用のUSBケーブルとか、予備の電池とか、雑巾とか、ポケットティッシュとか。もしかしたら、前面の小さなポケットに小銭が入っていたかも知れないが、そんな程度だ。多分。あ!

俺は驚愕の、恐るべき事実を思い出した。今日は車検証ケースをウェストバッグに入れてあったんだった!ケースの中には自賠責保険の証書と、任意保険の証券、そしてバイク屋さんのメンテナンスパスポート(オイルリザーブとかロードサービス無料券が付いている)が入っている。これはまずい。損失が大きすぎる。俺は再びバイクを発進させ、海岸沿いの小道を少なくとも3往復、ひょっとすると5往復行ったり来たりして、血眼になってウェストバッグを探した。しかしやはり、ウェストバッグは落ちていなかった。これだけ探してないということは、恐らく、通りかかった誰かに拾われてしまったのだろう。

俺は激しく落ち込んだ。このまま帰ってバイク屋さんに行き、車検や保険の再発行をお願いしようかと約12秒悩んだが(短けーな)、とりあえず温泉だけは入ってから帰ることにした。俺はブルーな気分を、無理やり頭から追い出した。少なくとも一風呂浴びてから東京に戻り、バイク屋さんに連絡するまで考えないことにして岩婦温泉に向かったのであった。

岩井海岸から、国道127号を突っ切って県道258号を進んだ。館山自動車道の高架をくぐって、一つ目の交差点に岩婦温泉の案内板があった。俺はその道を右折し、車がすれ違えないような細い道を進んだ。やがて道は岩婦湖のほとりに到達し、その先に「岩婦館」が見えて来た。 かくして9時15分。 出発から137km走って本日の目的地、岩婦温泉「岩婦館」に到着したのであった。

俺は駐車場にゼファー750を停め、サイドバッグから入浴セットを引っ張り出した。ライディングジャケットを脱いで、荷台にネットで括り付け、岩婦館の入り口に向かって歩いた。なんとなく寂れた雰囲気が漂っているので、本当に日帰り入浴できるのかと訝ったが、入り口脇の看板に「営業中」と書いてあるところを見ると、営業中なのだろう。

俺は引き戸を開けて、屋内に入った。たたきから上がったところが10畳くらいの広間になっていて、そこに応接セットが置かれている。その向こうは受付のカウンター。カウンターの上にはブラウン管のテレビが乗っていて、ローカルの情報番組と思われる番組を、誰もいない広間に向かって放映している。宿の人の姿は見あたらない。建物のどこかで、蛇口から盛大に水かお湯が注がれる音が聞こえている。

俺はたたきに立ち、奥に向かって「すみませーん」と声を掛けた。20秒ほど待ち、もう一度声を掛けようと思い始めた頃、広間から少し奥まった所にある開けっ放しのドアから、年の頃六十前後の女の人が現れた。ドアの上には”男湯”と書かれたプレートが貼られている。おかみさんと思われるその女の人は、俺に向かってペコリと頭を下げ「お風呂ですか?」と言った。
俺は「そうです」と答えた。

おかみさんは「今お湯入れてますから、こちらで少し待って下さい」と言って、応接のソファーを指差した。思うに、駐車場にオートバイが入ってくるのを見て、湯船にお湯を張り始めたのではなかろうか。恐らくそんなところだろう。
俺はブーツを脱いで玄関の広間に上がり、言われたとおりにソファーに腰掛けた。壁にかけられた鹿の頭の飾りや、ウミガメの剥製が寂れた雰囲気に拍車をかけている。
おかみさんは一旦、調理室と書かれた部屋に入り、すぐに湯のみが二つ乗ったお盆を持って戻ってきた。
「お茶でもどうぞ」そう言って、湯のみと、お菓子が乗った小皿を俺の前に置いた。もう一つの湯のみは自分の前に置いて、俺の前のソファーに座った。そしてこう言った「もう今年も終わりですねー、今年はなにか変わったことありました?」

元来が話好きなのか、お湯が入るまでのサービスのつもりなのか、今やおかみさんは俺の対面にどっしりと座り、本腰の入った世間話モードに突入している。その話題と言えば例えば、知り合いがガソリンスタンドを経営していて、儲からないのでやめたがっているが、やめるためには1,500万円払って地下のタンクや設備を撤去しなくてはならないといった話や、この付近の農家には嫁の来手がなくて、四十代から五十代の独身男がごろごろしているといった話。あるいは、近所のおじいさんが、パチンコで2日間で70万円すった話。そうかと思えば唐突に「サラリーマンは家のローンを払って人生が終わっちゃうんだから可愛そうね」なんて言ってみたり、おかみさんのマシンガントークは、めまぐるしく話題を変えながらとめどなく続き、俺は若干めまいを感じながらも、一生懸命相槌を打った。で、俺の胸に浮かんだ思いはこうだ。何?この状況・・・
とは言え、おかみさんは話題が豊富で、話し方がおもしろいので、お風呂の準備ができるまでのいい暇つぶしになったのだ。

そんな具合に、一方的な世間話がたっぷり30分は続いた。やがておかみさんは、話題を変えるときと同じような唐突さで立ち上がった。男湯とかかれた部屋に入って行き、すぐに戻って来て「お風呂どうぞ、いっぱいになったらお湯止めて下さいね」と言った。
俺は1時間の料金900円を支払い、脱衣所に入って行ったのだった。(無駄な説明なげーよ!)

俺は衣服を脱ぎ、扉のない棚に突っ込んだ。ちなみに、棚には扉がないのだから、必然的に鍵もない。時計や財布をどうしようか少し悩んだが、俺は温泉セットの袋に貴重品を入れて、浴室に持ち込むことにした。もっとも現時点で入浴客は俺一人だし、この後も誰も来そうにないので、あくまでも念の為だ。

浴室には、左右に洗い場が2つずつ有り、その奥が岩とコンクリートで造られた素朴な浴槽になっている。俺は洗い場でお湯を浴びて体を流し、硫黄の香の湯に浸かった。
そしてもちろん、「うぇ゛〜」とうなったのだった。

岩婦温泉の泉質は硫黄泉。源泉の温度は16度の鉱泉で、冷え性、慢性婦人病、関節痛、神経痛、リユマチ、疲労回復、慢性消化器病、五十肩、運動麻痺、健康増進、等に効果があるらしい。

岩婦温泉「岩婦館」は、岩婦湖のほとりにひっそりと佇む立地といい、寂れた雰囲気といい、人懐っこいおかみさんといい、素朴なお風呂といい、物好きの人にはお勧めな温泉だ。俺はゆっくりとお湯に浸かって心底温まり、おかみさんに「いいお湯でした」とお礼を言って、岩婦館を後にしたのだった。

さてと、最初の予定では、海沿いをぐるっと回って外房に出て、鴨川あたりで寿司でも食って帰るつもりでいたのだが、もはや事情が変わった。返す返すも「俺のばか!」って感じだ。俺は帰路に就くことにして、県道258号から国道127号を右折した。

市原市のセルフのガソリンスタンドで給油して、市原インターから館山自動車道に乗った。館山自動車道は空いていた。俺は一気に走って京葉道路に入り、休憩の為に幕張パーキングにゼファー750を入れた。

そしてこれだ!
「またか」と思ったあなたに、俺は「ふっふっふ・・・」と言わねばなるまい。なぜなら、今回のうどんは天玉うどん!かき揚げうどんに温泉たまごが入っているのだ。うーん、ゴージャス!(知らんがな)

常に混雑している武石−花輪間は、今日もやっぱり混んでいた。俺は安全運転で進み、船橋料金所を通過して篠崎で京葉道路を降りた。

午後1時30分。
出発から273km走って、無事に帰宅したのであった。

ゼファー750から振り分けバッグ、マップホルダーを外して家に上がり、一息ついて早速バイク屋さんに電話した。失われた車検証や保険証券を再発行する作業に取り掛かったのだった。は〜


それにしてもだ、落としたバッグの中に財布やキャッシュカードが入っていなくて良かった。その辺は不幸中の幸いだった。バイク屋さんに電話して確認したところ、「ハンコウを持って来てもらえれば、車検も自賠責も任意保険も、こちらで再発行の手配できますよ」と言われた。なので、速攻でバイク屋さんに向かった。車検証の再発行には手数料が掛かるとは言え、思った程手間が掛からずに再発行の手続きができた。バイク屋さんのメンテナンスパスポートも、オイルリザーブの、みなし残量で再発行してもらったのだった。ああ、良かった。

岩婦館は、小さな人造湖のほとりに建つ、味のある温泉宿だった。文中にも書いたが、物好きな人にはお勧めだ。今回のレポートはウェストバッグ紛失の記録と、おかみさんレポートみたいになっちゃった訳だが、そこはそこ、俺は冬晴れのツーリングをまったりと楽しんだのであった。



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